災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 12

馬車の荷台は相変わらず窮屈なものだったが、検問を抜けてからの道行きは存外に穏やかなものだった。商人たちの表情も心なしか最初より和らいでいる。リューグたちのように特殊な事情がなくとも、検問は緊張感を伴うものなのだろう。ようやく商品を運べるとい...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 11

一通り着替えを済ませると、リューグたちは順に街へ繰り出した。酒場の客に紛れて一人ずつ外へ抜け出し、指示された場所で落ち合うことになっている。リューグにとっては久方ぶりに浴びる陽の光だった。とはいえ、暢気に散歩できる状況でもない。 初めて歩く...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 10

目を開いた時には、既に陽が差し込んでいた。いくつかの廃屋を転々とし、ここと定めて住み着いた建物にはまともな屋根がある。とはいっても管理を放棄されて久しい空き家だったから、そこかしこに建材が劣化して出来た穴があった。真上から届く光が俺のぼやけ...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 9

元来リディム教は、伝説にある魔女の災厄から民を守るために生まれたものだった。かつて屍の山を築いた恐るべき魔女、それがやがては甦るという予言。怯え、祈りを捧げる民と、彼らを導こうとする司祭が一つ所に集ったのが始まりである。神の恩寵――〈聖呪〉...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 8

整然としているようでアンヘルは随分と入り組んだ街だったのだと、リューグはこの日初めて知った。表通りならば目印となるものも多く分かりやすいが、少しでも横道に入れば路地は不規則に折れ曲がるし、不法に建てられた小屋が景色を乱すし、壁が崩れて通れな...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 7

知り得る限りの自分の一番古い記憶は、やはり教会の一室だった。重く、意のままにならない身体を台の上に横たえ、朧気な視界に必死で何かを見出そうとしていた。辺りには青臭いような、甘いような香りが立ち込めている。それを吸い込むと、ただでさえ曖昧な意...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 6

他ならぬ自らの叫び声で、リューグは目を覚ました。伸ばした手の先には何もない。まるで全力で走った後のように息は上がり、顎には汗が伝っていた。先程まで自分は誰かに呼び掛けていた。必死に追いかけていた――いや、違う。リューグは確かに寝台に入ったは...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 5

目深に被った襤褸布と縺れた前髪の隙間から、俺は往来する人々の足元を観察していた。道端に座り込んでいると俺の目線では全身を見ることは出来ないが、足だけでも意外と人の身なりは分かるものだ。艶のある上等な革靴、ぴったりと丁寧に足を包むズボン。それ...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 4

「よくもやってくれたものだな、小僧。これまでの準備が水の泡になってしまった」 部屋を訪れて開口一番に、不機嫌を隠そうともせずマリウスは告げた。神子に対して大袈裟なほど敬意を示し、慇懃に接していた昼間の顔は影も形もない。だが、リューグとしては...
災禍の刻印 第一章 虚ろの神子

虚ろの神子 3

「アンヘルの民よ、否、ジスアード神聖国に住まう全ての命よ。心せよ。本来ならば、この日は大地の豊穣を祝い、神に感謝の宴を捧げるものであるとは誰しもが知るところであろう。だが今年はより重要な意味を持つものとなろう。今日という日に、ジスアードの歴...