千夜に降る雨 1

 季節は、秋に差し掛かろうとしていた。焦げ付くような日差しもすっかり弱まり、山は鮮やかに色づき始めていた。
「おばあちゃん、おばあちゃん!」
 今では珍しくなった日本家屋の床を蹴り、幼い少女が駆けていた。山中独特の冷たい空気をものともせず半袖一枚で走る少女は、縁側に腰掛けている人物を見つけて飛び付いた。
「おばあちゃん、見つけたー!ねぇ、また山に連れていってよ!」
「まぁまぁ、随分山遊びが気に入ったんだねぇ」
 後ろから少女に抱きつかれる形となった老婆は、たいして驚いた様子もなく振り向いた。
「うん!友達とゲームしてるより楽しい!家に帰りたくなくなっちゃった」
 その言葉に老婆は苦笑した。連休を利用して孫が泊まりに来てからというもの、この調子で振り回されっぱなしなのである。
「そうかい……でも今日はやめておおき。雨が降るからね」
 少女は訝しげな顔をして空を見上げた。秋らしく高く澄んだ空は、黄や橙に染まった木々と美しいコントラストを描いていた。雨の気配は見当たらない。
「なんで?雨なんて降らなさそうだよ」
「それがね、降るんだよ」
 祖母は笑うと、背中に張り付いたまま不満そうに口を尖らせる少女に、隣に腰かけるよう促した。
「山に行かない代わりに、ひとつお話を聞かせてあげよう。今日はね、『千夜』なんだよ――」

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