Bright blue 3

「ようやく一区切りついたぜ。買い物大丈夫だったか……ってそちらさんは?」
 余程根を詰めていたのだろうか、腕を伸ばし、間接を鳴らしながら現れたゼキアは、見慣れない人物がいることに気付くとルアスに問いかけた。対してルカは、何故か面喰らったかのように目を見開いてゼキアを見ている。
「えーと、実はかくかくしかじかで……」
 若干の気まずさを覚えながら、ルアスは今に至るまでの敬意を説明し始めた。つまり、念を押されたにも関わらず暴漢に絡まれ、そこを通りかかった女性に助けられ、更には『心配だから』と言われ送ってもらった……ということである。自分で話していても情けないことこの上ないが、事実なので仕方がない。
「……あのなぁ」
 一通り話を聴き終えたゼキアは、頭痛がする、といったように額に手をあて眉間に皺を寄せた。
「……あんだけ言ったのに何で前と同じことになってんだお前はぁ!」
「ちょ、痛、僕だって好きで絡まれてるんじゃないってば!」
 ぐりぐりと容赦なく髪の毛をかき乱す両手を退けようと、ルアスは必死の抗議をした。しかし悲しいかな、頭ひとつ分以上の身長差ゆえに、結局はされるがままである。ひとしきり手荒い洗礼を受けると、背後から小さく吹き出す声が聞こえた。
「ふふ、ごめんなさい。仲良いんだなぁと思って」
 小刻みに肩を震わせるルカを見て、ルアスは慌てて乱れた髪を整え姿勢を正した。客人が居るというのにやたらと騒いでしまった気恥ずかしさが込み上げてくる。恐らくはゼキアも同じ心境なのだろう。ゴホンと無意味に咳払いをすると、改めて話を切り出した。
「あー、ルカっていったか? 悪かったなわざわざ」
「いいえ……もっと柄の悪そうな人か偏屈そうな人が出てくるかと思ったけど、大丈夫そうね」
 それで先程驚いて居たのかと、ようやくルアスは合点がいった。今度こそ納得してもらえたようだ。
「だから言ったじゃないか」
 憤慨するルアスにルカはごめんね、と申し訳なさそうに笑った。無論ルアスも本気で腹を立てているわけではないので、その姿を見て微笑み返した。
「いいよ、解ってもらえたみたいだし」
「……なんの話だ?」
 一人会話の意味が解らず怪訝な顔をするゼキアに、ルアスは店に入る直前の出来事を語った。
「あのね、何か闇商売でもしてるんじゃないかって疑われてたんだよ」
「な……うちは至って健全だぞ」
「ごめんなさいね、本当……ルアスを見てたらなんか心配になっちゃって」
 非難の声を上げたゼキアに、ルカは苦笑しながらそう答えた――そんなに自分は間抜けな人間に見えたのだろうか。
「……まぁこいつ警戒心薄いし、かなり抜けてるからそう思うのも解るけどな」
 俺も最初はそうだったと、怒ったかのように見えたゼキアは妙にしみじみと呟いた。
「え、ちょっとゼキアひどいよ!」
「事実だろ」
 そんなことはないと必死に反論するも効果はなく、あっさりと一蹴されてしまう。
「あぁ、やっぱり? 気を付けなきゃダメよ、ルアス」
「ルカまで!」
 たしなめるように口を挟んだルカだったが、その瞳に面白がる光があるのをルアスは見逃さなかった。
 第三者のはずの彼女まで……と考えたところで、最初に『危なっかしい』と評したのはルカであったことを思い出す。この場に自分を擁護する人物など居ないのである。
「……ゼキアなんか掃除のひとつも出来ないくせに」
 悔し紛れに悪態をつくと、ゼキアが小さく呻き声を上げた。
「……あっはは! 面白いわね貴方たち」
 数瞬の空白の後、ついに耐えかねたといった様子でルカが笑い声を上げた。先程のように遠慮がちに肩を震わせるのではなく、思い切り腹を抱えている。
「何が面白いんだよ」
 憮然とするゼキアに、ルカは手をひらひらと振りながら軽い調子で答えた。
「いいコンビってことよ……さて、思ったより長居しちゃったわね。そろそろ帰ろうかな」
 それを聞いてルアスはハッとした。そういえば録に礼もしていない。店について落ち着いたら、と思っていたところで先程の掛け合いに発展し、タイミングを見失っていたのである。早速背を向けようとしたルカを、ルアスは慌てて引き留めた。
「あ、まって! ごめん、ちゃんとお礼言ってなくて……今日はありがとう」
「悪いな、大した礼もできなくて」
 続けてゼキアが言う。本来なら菓子のひとつも出してもてなせれば良かったのだが――生憎貧民街の家はどこもそんな余裕は持ち合わせていない。言葉の裏にあるそんな事情を彼女がどう受け取っているかは分からないが、さして気にした様子もなくルカはドアに手をかけた。
「いいえ、気にしないで……あ、でも」
 突如何かを思い付いたように、彼女は二人を振り返った。
「また遊びに来てもいい? せっかく知り合いになれたんだし」
 礼ならそれでいいわ、と微笑むルカを見て、ゼキアは幾度か目をしばたかせた。
「ゼキア?」
 首をかしげて訊ねると、彼は小さくかぶりを振った。
「あぁ、いや……お好きにどーぞ」
「ありがと。じゃあ、またね!」
 ゼキアの返答に満足したのか、ルカは手を振って店を後にした。
「……変な奴」
 ギシギシと壊れそうな音をたてながら閉まったドアを見つめ、ゼキアは小さくそう溢した。
「変?」
「いや、あいつどう見ても中心街に住んでる人間だろ? なのにわざわざ『遊びにくる』って……十分変わってるだろ」
 言われてみれば、ルカの貧民街に対しての態度に自分も少なからず驚いたことを思い出す。嫌悪感を向けるどころか好んで関わろうとするのだから、確かに王都の人間の仲では変わり者なのかもしれない。
「あそこまで友好的だと逆に気味が悪いぞ……」
「でも、何もしてないのに喧嘩ふっかけてくるような人よりはいいと思うけどなぁ」
「……まぁ、そうかもな」
 助けてもらった、という事実もありルアスとしては彼女のことは好ましく感じている。渋面を作るゼキアに控え目に意見を延べると、一応は納得したのか頷きながらそう言った。
「ま、それはそれとして……そろそろ作業に戻るかな」
「あ、そういえばどんな感じなの?」
 気分を切り替えるように伸びをしたゼキアに、ルアスは作業の進行状況を尋ねた。新商品の開発、と称して彼はここ数日店に籠りっきりだ。繊細な技術を必要とするため時間がかかり、一度手をつけ始めるとなかなか中断できないのである。一部ではあるがルアスも協力しており、現在の状況は気になるところである。
「もう少しなんだが、やっぱり俺だけだと微調整がな……ちょうどお前が帰ってきたら見せようと思ってたんだ。手伝えよ」
 元よりそのつもりであったので、了解、と即答する。
「うまくいくかな?」
 期待と若干の不安の混じった声音で言うと、額を指で弾かれた。
「成功するように頑張るんだよ」
「……そうだよね。早く完成させよう」
「おう」
 短く答えたゼキアに続き、階段を上る。早く役立たせたい――その願いが思いの外早く実現することを、この時は知る由もなかった。

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