itsuki

掌編

宝石と野花

布張りの小さな箱の中には、親指の先ほどの大きさの石が鎮座している。透き通る水の色の中に紫の筋が走り、窓から差し込む陽光を受けてその色彩は様々に移り変わった。黎明の空のような色にも、森の奥深くの泉のようにも見える輝きは、たとえ女神の肌を飾るこ...
BLOG

リニューアルオープン

という訳で、めでたく移転リニューアルオープンとなりました「猫が見た夢」です。以前からの方もこちらで初めましての方もよろしくお願いします。イツキと申します。 PCから見てもそれなりに見栄えのするサイトを作りたい、というのはかなり前からあったん...
掌編

猫と少女と希望の話

少女がその場所を訪れたのは、偶然だった。人と物が溢れる王都。その外れにある、まるで同じ街とは思えない寂れた路地を、少女は一人歩いていた。長い間櫛を通していないであろう髪は土埃にまみれ、その隙間から覗く瞳は濁った泥水の色をしていた。着ている服...
恋月想歌

恋月想歌 8

「君たちの言い伝えでは、ヴァンパイアは陽に当たると灰になってしまうんだっけ」 どれほどの時間そうしていたのだろう。空が白み始めた頃、問い掛けとも言えないレストの呟きで、リムは一気に冷たい現実へと引き戻された。「え……」 慌ててレストを見れば...
恋月想歌

恋月想歌 7

「彼――ディアンはね、私の弟分みたいなもので、小さい頃から私がよく面倒を見ていたんだ」 時折目を伏せながら、遠い記憶を慎重に手繰り寄せるようにレストは語り始めた。いくら拒否したところで彼が立っているのもままならない状態である事実は変わらず、...
恋月想歌

恋月想歌 6

続いて聞こえてきたのは、呆れと苦笑の入り交じったような声だった。聞き覚えのあるそれにゆっくりと目を開けると、傍らに立っていたのはやはりレストだった。今はその紅の瞳を隠すことはせず、庇うようにリムの前で片手を差し出している。少し前方に視線をや...
恋月想歌

恋月想歌 5

早く、早くしなければ。心臓の軋む音が聞こえてくる。自分にそう多くの時間は残されていない。この身体はもう持たないだろう。その前に奴に話を付けて、この事態をどうにかしなければ。今更なんの意味があるのかと問われたら、何もないのかもしれない。そう、...
恋月想歌

恋月想歌 4

誰も居ない聖堂で十字架の前に跪き、手を組んで祈る。一日の終わりの習慣だ。その日を無事に過ごせたことに感謝を捧げ、同じように明日が来るよう願う――しかし今のリムの頭の中は別のことで一杯だった。昨日出会った青年のことだ。調べ物をしに来たと言って...
恋月想歌

恋月想歌 3

コンコン、と控えめに扉を叩く音が響いた。部屋の中に居る人物からの応答はない。特にそれを疑問に思った様子もなく、返事がないのを確認したリムは静かに扉を開けた。「……失礼します」 此処は教会内の誰にでも解放している休憩室だ。味気のない簡素なテー...
恋月想歌

恋月想歌 2

小さな聖堂に、聖歌が響き渡る。古びたオルガンが奏でる旋律に人々の声が合わさって広がり、やがて溶けこんで厳かな空気を作り出した。「神と、聖女マリアのご加護がありますように――」 オルガンの音の余韻が残る中、黒い法衣を纏った少女が胸の前で十字を...